フリーランスをはじめ小規模で事業をスタートする場合に立ちはだかるのが、事務所の問題。
東京など都心で高騰する賃貸料を前に頭を悩ませる起業家も多いはずだ。
そんな時に「救世主」となるのがバーチャルオフィスの存在。
名刺に載せるための住所をすぐ借りることができて、なによりコストも低くて……と良いことづくめのようだが、気になることはないだろうか?
それは、自分が契約するバーチャルオフィスは安定した運営がなされているか、ひいては収益をしっかり生みだせて継続できそうか?ということである。
突如オフィスが閉鎖するといういう事例もあるようなので(参考記事:秒刊SUNDAY「浜松のシェアオフィス、エニシアが突如ドロンでノマド難民続出」)、この点について考えたい。
バーチャルオフィスという事業の継続性を知るにあたり、運営者側の目線に立つと、そもそもターゲットはどのくらい存在するのかが気になる。
バーチャルオフィス利用者はいわゆる起業・独立をした人で、その創業時期が圧倒的に多いはず。
まずは年間で生まれる起業者の人数について政府のデータをチェックしてみた。
中小企業庁によれば全国で起業する人の数は近年約30万人/年 (図1)。
ただしバーチャルオフィスを利用するような業種での起業は限られるだろう。
業種構成のデータ(図2)のうちまずはサービス業や「その他」に絞られ、そのうちでバーチャルオフィスを利用しうるのは「さらに3割程度ではないか」(バーチャルオフィス運営者 談)という話もあり、おおよそ4~5万人程度だと予想できる。
図1 起業の担い手の推移
図2 業種構成の推移
グラフはともに中小企業庁ウェブサイトより
起業独立する件数について都道府県別では、やはり東京の1強。近県の神奈川・埼玉・千葉を含めれば日本の起業の3割が東京・首都圏となる(*1)。
次いで大阪、愛知となり、人口や経済規模から考えればこれは順当だろう。
以上の概況から、バーチャルオフィス運営者側の目線に立つならば
・立地は首都圏からアクセスしやすい東京23区内にしぼる
・首都圏で年間1~2万人うまれるであろう創業者(≒全国でバーチャルオフィス利用見込み者4~5万人 × 首都圏30%)をターゲットにする
ということが、収益安定化にむけた王道路線と言えるのではないだろうか。
「バーチャルオフィス」に限定した統計データは見当たらないため、シェアオフィスやコワーキングスペースという併設されているサービスも含めた市場規模・金額をチェックしてみよう。
シェアオフィスやコワーキングスペースが含まれる「国内ワークスタイル変革ソリューション市場規模」として年4,170億円の市場規模だというデータがある(*2)。
この中にはバーチャルオフィス/シェアオフィスとは関係がないグループウェアなどの金額も含まれているため確かなところは分からないが、低く見積もっても数十億円規模ではないだろうか。
こうしてみると現状はニッチなビジネスだが、伸び率がなかなかすごい。
2018年~2023年の年間平均成長率(CAGR:Compound Annual Growth Rate)は10.1%
10%を超える、勢いのある市場ということだ。参考までに、世界の自動車業界の2026年にかけての年間平均成長率は1.6%(*3)。これと比べるとまさにこれからの業界だということがわかる。
拠点数もみてみよう。
2018年の国内レンタルオフィスやコワーキングスペースのサテライトオフィスは887拠点
引用元:IDC「国内サテライトオフィス市場予測、 2019 年~ 2023 年」
もちろん拠点数を単純に成長率へ換算することはできないが、後述するように参入ハードルが高くないことも考慮すると、たとえば首都圏エリアで2-3ヶ月に1件はどこかしらにバーチャルオフィスがオープンしていく(すでにしている)可能性がある。
では実際の開業にあたり、どのくらいのコストがかかるだろうか。開業費(イニシャルコスト)と運営費(ランニングコスト)について試算をしていきたい。
“住所の見映えが命”のバーチャルオフィスなので、都心一等地である千代田区にバーチャルオフィス事業をするための物件を新たに借りると仮定した。
(単位:万円)
初月賃料(アットホーム「千代田区 貸事務所」にて50平米前後で築古物件を検索。ごく小規模な執務スペースと会議室1室併設とする。) | 20 |
仲介手数料 | 40 |
保証金 | 120 |
火災保険 | 3 |
会議室などの内装工事費 | 30 |
備品代 | 20 |
ウェブサイト構築など広告宣伝費 | 60 |
登記など法定費用 | 20 |
スタッフ1名の採用費 | 30 |
合計 | 343 |
もちろん物件や運営規模によって大きく異なるが、概ねイニシャルで300万円はかかるという目安になりそうだ。
これはバーチャルオフィスのみの試算のため、シェアオフィスやコワーキングスペースを併設して会議室などを充実させるならばさらに費用は上積みされる。
とはいえ行政の許認可も要らず仕入れ在庫を抱えないビジネスであるため、他業種と比べると開業のハードルはやや低く、それゆえに安易に手を出す事業者がいてもおかしくはない。
バーチャルオフィスは契約者数の上限がないからこその”バーチャル”であり、同時にランニングコストはほぼ一定。
契約者があるポイントを越えれば一気に収益化しやすいビジネスモデルだ。
しかし同時に、その客単価が低いという点がネックでもある。それなりの契約数を確保しないと運営がままならない。
(単位:万円)
賃料 | 20 |
人件費(経営者と事務のパートスタッフ1名) | 60 |
水道光熱費 | 3 |
広告宣伝費 | 20 |
通信費 | 3 |
事務用品費、雑費等 | 10 |
合計 | 116 |
人件費や広告宣伝費など金額の上下に大きく影響する要素があるが、比較的ミニマムな形態をとっても120万円前後/月のコストだと想定できる。
さらに東京でバーチャルオフィスの会員料金がおおよそ5000円前後/月として試算すると、
・120万円=月額5000円×会員240人確保
でどうにか月次ベースでトントンに近づく。
前述のように年間1~2万人生まれる見込み客のまずは1%以上を獲得できるか、というのがカギになるだろう。
この損益分岐点グラフを基に考えるなら、前述の240人前後でプラスマイナスゼロ、300人を越えてくると利益を確保してイニシャルコストも回収する目途も立つのではないだろうか。
とはいえ、口コミもない当初は広告宣伝費を多めに投下する必要があるだろうし、おのずと利益は圧迫されやすい。
そのために、(バーチャルオフィスに限らない話ではあるが)創業期はいかに固定費をはじめとした運営費を抑えるかという基本がより重要になってくる。
すでに軌道に乗っている東京都心のバーチャルオフィス事業者が、社名非公表を条件としてその収支を筆者に開示してくれた。
数値は多少ぼかしてあるが、現実的な例として参考にしたい。
(単位:万円)
シェアオフィス会員売上 | 400 |
バーチャルオフィス会員売上 | 400 |
郵便物転送などのオプション | 430 |
売上高 | 1230 |
販管費(地代や人件費など運営コスト) | -900 |
営業利益 | 330 |
この事業者はシェアオフィスも併設しているのがポイントで、それに伴うオプション(郵便物転送やロッカー利用)も売上に大きく貢献しているようだ。
これによりバーチャルオフィス会員の客単価の低さが相殺されており、安定的な収益確保につながっていると推測できる。
また、この事業者はシェアオフィス会員がいるからこそ設備の充実や入会審査の厳格化にも取り組んでおり、結果としてバーチャルオフィス会員が安心して入会していくという好循環も生まれているとのこと。
「働き方改革」の影響もあり活況を見せる業界だが、これまで見てきたように、バーチャルオフィス事業は軌道に乗るまでエリア内でそれなりの会員数とシェアを獲得しなくては立ち行かないビジネスである。
同時に薄利多売という側面があり、それ故に「安さだけが売り」という方向性にもなりかねない。
すでにGoogle検索をすれば費用が異様に安い事業者も見られる。
そういった安さで打ちあえば結局は収益化が遠のいてしまう。
そこで前項の事業者のようにバーチャル専業ではなく平均かそれ以上の価格設定でシェアオフィスを併設しつつサービスを充実させ、収益を上げていくというのは良い作戦だろう。
安さを売りにするよりも顧客の質が上がり、無用なトラブルも防げるという副次効果もありそうだ。
また、利用者の目線としては「新規参入の業者はぜったいに避けるべき」とまでは言わないが、前項のような「すでに軌道に乗っている事業者」を選ぶほうが手堅いと言えるだろう。
バーチャルオフィスと言えば、起業独立したフリーランスがその利用者として挙げられる。
そのため今回の記事作成にあたりフリーランスの数や現況についてもデータをチェックしてみたのだが、新しい分野だけに諸説が入り乱れているようだ。
たとえばクラウドソーシングの大手「ランサーズ」が公表しているデータによれば、
フリーランス人口においては、前年と横ばいで1,119万人、人口に占める割合は17%となりました。
引用元:「フリーランス実態調査2018年版」
とある。
「ふーん、今の時代はやっぱりフリーランスになる人って多いんだね」
とおもわず関心しかけてしまうが、この数値に現実味はあるだろうか。
政府の発表によれば、起業する人は前述のとおり年間30万人ほどであり、こんなに多い累計になるとは信じがたい。
さらに、総務省統計局から発表されたデータによれば、2018年の就業者は6664万人。
フリーランスが本当に約1100万人だとすれば、働く人の6人に1人がそうなってしまうが、ほとんどの人にとって実感を伴う割合ではないと思う。
自分の周りに就業者が何人いて、そのうちのどれくらいがフリーランスかを数えればわかるだろう。
「フリーランス実態調査2018年版」レポート内では”広義のフリーランス”とわざわざ書いているように、この約1100万人は、たんにネットでお小遣い稼ぎの副業をしている人から町の八百屋さんまで含まれているようだ。つまり一般的なフリーランスのイメージとは乖離している数字であるといえる。
クラウドソーシングしかり、バーチャルオフィス/シェアオフィスしかり、比較的新しいビジネスならではの”盛った”数字や美味しい話にも辿り着きやすい。
しかし収支を見極める際は一歩引いた視点でこれらを読みといていく必要があると、本記事作成にあたり改めて気がついた。
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【注釈】
*1平成24年就業構造基本調査
*2矢野経済研究所「2018 ワークスタイル変革ソリューション市場の実態と展望(ソリューション編)」
*3日経xTECH「世界の自動車販売は1.6%増の年成長率、2026年に1億600万台の予測」